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NY不動産伝説

NY不動産伝説シリーズMichael Shvo

ニューヨーク不動産伝説シリーズ 

このシリーズではニューヨークの不動産プレーヤーを取り上げて、どうやって成功したかと言うのを取り上げていきたいと思います。第一弾として不動産仲介からデベロッパーに登り詰めたMichael Shvo (マイケル•ショボ)をご紹介したいと思います。 

彼はここ数年で3ビリオンドル!1ドル100円計算で3000億円分の不動産を購入した事で、注目を集めました。それではショボのバックグラウンドをご紹介したいと思います。 彼はイスラエルで生まれました。父親と母親は共にテルアビブ大学の化学の教授です。 イスラエルはミリタリーに参加しないといけません。 彼はミリタリーサービスを終えると、大学を卒業してから24歳の時にニューヨークに渡りました。 ニューヨークの不動産はユダヤ人を抜いて語れませんが、ショボのようにイスラエル出身のユダヤ人も結構たくさん活躍しています。 ちなみにWeWorkのファウンダーのアダムニューマン氏もイスラエル出身のユダヤ人で、ニューヨークのビジネス界の出身ですね。笑   ショボの服のスタイルは黒のアルマーニのTシャツ、これは同じ物を100枚ぐらい所有しるそうです、そして黒のジャケットです。 ショボは3年前に税金詐欺で有罪判決を受けて$3.5M 3億5000万円近いペナルティーを支払っているにもかかわらず、彼のバックについているのは、ドイツのパブリックペンションファンドなどです。 この状況でパブリックペンションファンドがまだバックに残っていることがすごいことですね。 投資家たちはショボの野心と投資に対する物の見方を信用しています。 ショボの不動産ストラテジーは、各都市のベストロケーションのベスト不動産のみを買うと言うことです。 また彼は不動産とファッションを融合させる事でも知られています。 彼は22歳の時、コンピュータープログラマーとしてミリタリーに従事していたが、同時にオイルとガスのトレーディングを行い、リタイヤできる程のお金を稼ぎました。 その後マーケットがダウンした際に全てを失い、どうしようかと考えた挙句に、残った3000ドルをポケットに入れてニューヨークに渡りました。 

ニューヨーク到着後の初めは飲み食いせずに、友人のアパートのフロアで寝ていたようです。 その後、お金を集めてイエロータクシーとメダリオン(タクシーライセンス)を取得し、それをシフト制でサブリースする事でお金を稼ぎ始めます。  その当時、イエロータクシーはとても安くて一台辺り二千ドルぐらいでした。 初めて3ヶ月後には10代のタクシーと30人のドライバーまで増えたそうです。 しかもその当時、タクシーの車体とライセンスを買っていた人が同一人物だったので、支払いは割賦支払いを認めてくれたそうです。

彼はタクシービジネスを1997年に辞め、その後シガーバーなどのビジネスも始めますが、長く続かず、何か自分が長く続けられる物がないかと模索します。 その後、偶然にも同じビルに住んでいた女性がダグラスエリマン、ニューヨーク最大手の不動産仲介大手のマネージャーを知っていて、27歳のショボを雇うように提言してくれます。 そのダグラスエリマンの当時のマネージャーはショボの事を、彼は物の飲み込みが早く、左脳と右脳の両方をうまく使える数少ない人だと評価しています。 ダグラスエリアンで働き出したショボは、毎日深夜を過ぎて働き、また休みなしの週7日で働く生活を続けました。顧客が営業時間外に電話すると、ショボはただ一人オフィスで働いていた為、いつも顧客が拾え、毎日10を超えるアパートを紹介していたようです。 また、他のエージェントがやりたがらない安いリストも進んでやり、一年目には350件の賃貸を契約したそうです。 

その後自分一人ではやり切れないほどビジネスがあったので、人を雇い、他の人に内見などの役割を振り、自分はそのディールの%を取得するスタイルに変更していきます。 30歳(2003年)の時には1年で300ミリオン(約300億円)の不動産を売り、会社のトップブローカーになりました。 2004年には不動産マーケターとして独立しました。 最初のマーケターとしての仕事はショボの友人が購入した 20 Pine Street の物件です。 元々チェース銀行が入っていたビルでそれをコンドミニアムにコンバージョンするというプロジェクトでした。ここはダウンタウンのファイナンシャルエリアにあたる場所で、前年度に9/11 のテロがあったばかり、販売にとても苦労していました。 ショボが数週間考えた末に出したアイデアはアルマーニにビルをデザインしてもらう事でした。 2006年のビルのオープニングでは吹雪にも関わらず、300人が外で待つと言う反響ぶりでした。 

 これで彼の不動産マーケターとしてのキャリアが始まります。 ショボはアブダビ、バハマなどの不動産マーケティングを手がけ、一般的な不動産をステータスシンボルへとコンバージョンしていきます。 ショボが言うに ”私は一流ブランドからしか人は雇いません。グッチやBrioni、ニューマンマーカスなどのファッションブランドなどからです。私が手がけると不動産はただの4方面の壁に留まらず、一流のラグジュリーブランドとなります” その後、2008年に、彼は自分のパッションであるアートに没頭するため、不動産ビジネスから一旦退きます。 そして5年後、2013年からはデベロッパーとして不動産業界に復帰します。彼のデベロッパーとしてのデビュー作品はチェルシーにあるガソリンスタンドを買い上げ、12階建てのコンドを建設する事でした。 このThe Getty ビルディングは48のバスルームがあります。 しかしそのバスルーム全て、別の石を使い建築しました。 ショボいわく、”お金持ちは他人と同じ物を持ちたくない” と。 このビルの1階と2階はパブリックアートギャラリーとして運営されています。 ショボの不動産のモットーは Customer Centric アプローチ、つまり顧客中心のアプローチです。

ここからショボの超ラグジュリー不動産のストラテジーが始まりました。 ニューヨークの5番街のビル 685 Fifth Avenue を2018年に135ミリオン(1ドル100円計算で135億円)で購入すると、3つのマイアミのホテルを240ミリオンで購入。そしてビバリーヒルズにも130ミリオンの不動産を買います。 ショボによると、プロジェクト全体におけるローン割合は50%を下回るそうです。 また、ショボはジェネラルパートナー(プロジェクトマネージャー)として2-10%のプロジェクト権利を取得し、他のプロジェクトマネージャーとシェアします。 ショボの建築家や投資家は彼の事をとてもクリエイティブなビジネスマンであり、現在の世の中に人々が何を求めているかをよく分かっていると評価しています。 このようなショボの不動産+ブランディングアプローチはトランプ氏に似ているところがありますね。 トランプも始めに5番街のトランプビルを建設した際、女性がトランプタワーにキスをする写真がマガジンの表紙を飾るなど、ブランディングにおいて数々の成功を収めてきました。そして2018年に取得したニューヨーク5番街の不動産はAMAN HOTEL & RESIDENCE としてオープンします。 ホテルのユニットの上に、22のレジデンスコンドが建築されます。ここのマーケティングはショボらしく、秘密のベールに包まれています。ユニットの情報は開示されておらず、購入希望者は自分のアイデンティティを開示して、売主に認められたら情報を開示してもらえるというシステムです。 さすがですね。 どのようなレジデンスが出来上がるのか、とても楽しみです。 

近年のショボのこの3ビリオン(約3000億円)の不動産取得は注目を浴びています。このようにショボは不動産+ブランディングという事で不動産仲介から大手のデベロッパーへとのしあがりました。 約20年前に、イスラエルから3000ドルをポケットに入れて、ニューヨークに渡り、今やニューヨークの不動産業界を騒がせるデベロッパーとなったマイケルショボ。 彼は未だ48歳。 これからNYで一番のデベロッパーまでたどり着ける可能性は十分にあるのではないでしょうか。 

今日はNYの不動産伝説シリーズ第一としてマイケルショボをご紹介しました。 

https://youtu.be/j79AbkMfDJ0